Takeya History

1930

1932年 高円寺(東京)に創業

タケヤの創業者 岸澤竹次郎は、昭和7年、靴職人として独立し、
高円寺にて開業。最初に売れたものは、7銭の靴紐だった。
現在の製法でいうと、グッドイヤー製法の靴をつくり、販売していた。


竹次郎の実家 上福岡にて。船を漕ぐ竹次郎と、長男の昭。

竹次郎は農家の長男で、自転車屋か靴屋をやろうと考えた末、靴屋の修行に入る。
2年間の修行を終えた後、職人として注文を取りはじめた。


岸澤竹次郎は、青梅警察署で柔道を指導し、青梅市の柔道の普及・発展に貢献した。
竹次郎は、青梅市柔道連盟の創始者であり青梅市体育協会会長を長きに渡って務め、
現在も『岸澤旗争奪柔道大会』が開催されている。タケヤ創業の際も、
柔道の精神につながる【自他共栄】を社是に掲げ、自他ともに栄えることに尽力した。

岸澤竹次郎 創業者 岸澤竹次郎(明治39年12月23日~平成7年5月5日)

1940

第2次世界大戦で、高円寺の店舗が空襲で焼かれ青梅市に疎開。

昭和20年、青梅市中町にて靴の小売と注文・修理の店を開店。
昭和25年に青梅市本町へ移転した。写真は移転後、昭和26年頃。

店舗の半分が修理と注文、残り半分のスペースで小売を行なっていた。
当時は運動靴を350円位で販売しており、注文靴は3,000円程で販売していた。

1950

昭和33年頃の写真。

上記掲載写真の店舗の改装後のタケヤ。小売を積極的に行なうようになってきた。
写真手前の左側が、現会長の岸澤昭。

1960

青梅市で昭和35年、靴小売専門店としてチェーン1号店となる店舗をオープンした。

上記掲載写真店舗敷地に店舗を建て直し、注文・修理はお客様から見えない裏にまわし、
完全な小売専門店として28坪の店舗で始動した。

1970

昭和40年代の初めには、10店舗程あった店舗の看板をタケヤからサンシューズに変更した。

現代に繋がる靴小売専門店のチェーン展開が本格的に始まった・・・・・

1980

1982年 「テイクワン」1号店を出店

近隣のファミリーを対象とした、ロードサイド立地中心の地域・生活密着型大型専門店。

1989年 「CROSEED」1号店を出店

スーパーマーケットなどを中心に展開し、地域・生活密着型ショップとして
リーズナブルでハイバリューな商品を提案。

1990

1999年 「Take5」1号店を出店

アメリカンテイストの雑貨と靴のセレクトショップとしてアクティブな
ヤングターゲットを中心に、1950-60年代をイメージしたショップを展開。

2000

2001年 「SHOEZA」1号店を出店

キッズ・レディスカジュアル中心にオリジナル商品を融合させた、
ファッション雑貨と靴のライフスタイルセレクトショップ。


自社ブランドの立ち上げ 「T-Selection」

カジュアルファッションを中心にシーズン、カラー、素材にこだわった
ヤングトレンドを提供するタケヤのオリジナルブランド。


「SHOEZA」

リーズナブルなプライスの中に、年齢・性別を問わず機能性と
履き易さ・最高品質を追求したタケヤのオリジナルブランド。

2002年 「NEOSTA」1号店を出店

高感度・高品質なシューズをバリュー価格で提供する
総合フットウェアショップのネオスタンダード。

2004年 「Tiara cara」1号店を出店

セクシーカジュアルスタイルを切り開いた、トレンド性の高い
ファッションシューズのセレクトショップ。


2004年 「coche et coche」1号店を出店

時代のトレンドに敏感な女性たちに向けた、ナチュラル&キュートな
カジュアルファッションシューズのセレクトショップ。

2007年 「NEOSTA Homme」1号店を出店

ヨーロピアンテイストのシンプル&ナチュラルをテーマに、
ビジネスからドレス・カジュアルスニーカーまであらゆるシーンに対応した
メンズシューズのセレクトショップ。


現在は、総合型事業部と婦人靴型事業部の2つにわかれて展開しています。
総合型事業部は、ディスカウント・ロープライス型の商売を目指し、
ローコストオペレーションを特徴としています。

婦人靴型事業部は、ファッションテイスト・立地に応じてブランドを細分化し、
専門店としての方向性を目指しております。

その中で婦人靴型事業部は、現在4つのブランドを持ち、ファッションビル・
駅ビル出店を強化すべく、よりアップグレード化を目指し、専門店としての方向性を スピードアップして確立しております。

この2つの事業部を柱としてお客様の幅広いニーズにお応えできるように、タケヤはファッション提案企業として挑戦していきます。

TAKEYA HISTORY
TAKEYA HISTORY

1930

1932年 高円寺(東京)に創業

タケヤの創業者 岸澤竹次郎は、昭和7年、靴職人として独立し、高円寺にて開業。最初に売れたものは、7銭の靴紐だった。現在の製法でいうと、グッドイヤー製法の靴をつくり、販売していた。

岸澤竹次郎

創業者 岸澤竹次郎

竹次郎の実家 上福岡にて。船を漕ぐ竹次郎と、長男の昭。竹次郎は農家の長男で、自転車屋か靴屋をやろうと考えた末、靴屋の修行に入る。2年間の修行を終えた後、職人として注文を取りはじめた。

岸澤竹次郎は、青梅警察署で柔道を指導し、青梅市の柔道の普及・発展に貢献した。竹次郎は、青梅市柔道連盟の創始者であり青梅市体育協会会長を長きに渡って務め、現在も『岸澤旗争奪柔道大会』が開催されている。タケヤ創業の際も、柔道の精神につながる【自他共栄】を社是に掲げ、自他ともに栄えることに尽力した。

1940

第2次世界大戦で、高円寺の店舗が空襲で焼かれ青梅市に疎開。

昭和20年、青梅市中町にて靴の小売と注文・修理の店を開店。昭和25年に青梅市本町へ移転した。写真は移転後、昭和26年頃。店舗の半分が修理と注文、残り半分のスペースで小売を行なっていた。当時は運動靴を350円位で販売しており、注文靴は3,000円程で販売していた。

1950

昭和33年頃の写真。

上記掲載写真の店舗の改装後のタケヤ。小売を積極的に行なうようになってきた。写真手前の左側が、現会長の岸澤昭。

1960

青梅市で昭和35年、靴小売専門店としてチェーン1号店となる店舗をオープンした。

上記掲載写真店舗敷地に店舗を建て直し、注文・修理はお客様から見えない裏にまわし、完全な小売専門店として28坪の店舗で始動した。

1970

昭和40年代の初めには、10店舗程あった店舗の看板をタケヤからサンシューズに変更した。

現代に繋がる靴小売専門店のチェーン展開が本格的に始まった・・・・・

1980

1982年 「テイクワン」1号店を出店

近隣のファミリーを対象とした、ロードサイド立地中心の地域・生活密着型大型専門店。

1989年 「CROSEED」1号店を出店

スーパーマーケットなどを中心に展開し、地域・生活密着型ショップとしてリーズナブルでハイバリューな商品を提案。

1990

1999年 「Take5」1号店を出店

アメリカンテイストの雑貨と靴のセレクトショップとしてアクティブなヤングターゲットを中心に、1950-60年代をイメージしたショップを展開。

2000

2001年 「SHOEZA」1号店を出店

キッズ・レディスカジュアル中心にオリジナル商品を融合させた、ファッション雑貨と靴のライフスタイルセレクトショップ。

自社ブランドの立ち上げ 「T-Selection」

カジュアルファッションを中心にシーズン、カラー、素材にこだわったヤングトレンドを提供するタケヤのオリジナルブランド。

「SHOEZA」

リーズナブルなプライスの中に、年齢・性別を問わず機能性と履き易さ・最高品質を追求したタケヤのオリジナルブランド。

2002年 「NEOSTA」1号店を出店

高感度・高品質なシューズをバリュー価格で提供する総合フットウェアショップのネオスタンダード。

2004年 「Tiara cara」1号店を出店

セクシーカジュアルスタイルを切り開いた、トレンド性の高いファッションシューズのセレクトショップ。

2004年 「coche et coche」1号店を出店

時代のトレンドに敏感な女性たちに向けた、ナチュラル&キュートなカジュアルファッションシューズのセレクトショップ。

2007年 「NEOSTA Homme」1号店を出店

ヨーロピアンテイストのシンプル&ナチュラルをテーマに、ビジネスからドレス・カジュアルスニーカーまであらゆるシーンに対応したメンズシューズのセレクトショップ。

現在は、総合型事業部と婦人靴型事業部の2つにわかれて展開しています。総合型事業部は、ディスカウント・ロープライス型の商売を目指し、ローコストオペレーションを特徴としています。

婦人靴型事業部は、ファッションテイスト・立地に応じてブランドを細分化し、専門店としての方向性を目指しております。その中で婦人靴型事業部は、現在4つのブランドを持ち、ファッションビル・駅ビル出店を強化すべく、よりアップグレード化を目指し、専門店としての方向性を スピードアップして確立しております。

この2つの事業部を柱としてお客様の幅広いニーズにお応えできるように、タケヤはファッション提案企業として挑戦していきます。

社長メッセージ

MESSAGE OF PRESIDENT

沿革

TAKEYA HISTORY

コンセプト

TAKEYA CONCEPT

会社概要

COMPANY PROFILE